甘い夢の中へ

「何をされているのですか?」
「見ての通り、刺繍です。ヒューベルトさんだけの特別な衣装にするために、刺繍を施しているんです」
 ベルナデッタは会話に応じたものの、視線は針を持った手元に向けられていて、ヒューベルトには見向きもしない。寂しくなると甘えてくる癖に、自分が集中しているとき、自分の世界に入り込んでそっけなくなる。
「もう夜も遅いですから、今日のところは良いのではありませんか?」
「ヒューベルトさんだって遅くまでお仕事されてますよね。おあいこです。ベルだけじゃないですもん」
 遠回しに寝台に誘うも、無下にも拒否された。
 ベルナデッタは引き続き、針を進め始めた。
「キリのいいところまでやってしまいたいんですよ」
 ベルナデッタの針裁きは淀みなく、音楽を奏でているかのように一定のリズムで動いている。
「なるほど……」
 面白くない。ヒューベルトはベルナデッタの手元を見つめながら、眉を曇らせる。何とか彼女の気を引こうと、彼女の後ろ髪を掬って弄びはじめた。
 珍しく《そんな》気分なのだ。
 菫色の髪の間からのぞく、白い項のなだらかな曲線に鼻先を寄せ、口付けを贈りたい。ツツツと指で首筋を辿れば小さな悲鳴と共に、ようやくベルナデッタが顔を上げた。
「ヒューベルトさんってば。さっきっから何なんですか。もうっ、邪魔しないでくださいよう」
 プックリと頬を膨らませたベルナデッタの顔は不満でいっぱいだ。その気になるどころか、怒らせてしまったようだ。顔を見せてくれたのはほんの少しの間で、「仕方ないんですから」と言いながら、ベルナデッタは再び作業に没頭しはじめた。
 ヒューベルトは同じような場面を思い出していた。
 自分が報告書を呼んでいるときに、ベルナデッタが腕をとって頬ずりしながら甘えてくるときのことを。ベルナデッタが愛しいのは変わりないが、職務に集中しているときは水を差されたくはない。そんな時はあからさまにため息をつき「後にしてください」などと言って、拗ねたベルナデッタとしばらく口をきかなくなるのだった。
「貴女が私の仕事中に割って入ってくる気持ちが分かったような気がします」
「ベルの?ベルの……あっ!」
 ベルナデッタは手を止めた。
 ベルナデッタがヒューベルトに甘えてくるときというのは、大抵、肉体的な接触を求めているときなのだ。報告書にひとおおり目を通した後は、不貞腐れたベルナデッタを抱き寄せて、そのまま寝台で戯れている。自分がするようなことでたとえられたのだから、はっきり言わずともヒューベルトが何を求めているのか理解したらしい。
「お分かりになったようで」
「え、ええっと。ひゅ、ヒューベルトさんもそういうこと、あるんですね」
 顔を真っ赤にしたベルナデッタは、ぼそぼそと小声で呟きながらも、目元が綻んでいる。彼女もその気がないわけではないらしい。
「宜しいですか?」
「な、何がよろしいんですか、もう! もうちょっとぉ、艶っぽい台詞があるじゃないですか」
 話が通じたとみるや否や、合理主義の悪い癖が出た。不満げなベルナデッタをよそに喉の奥を鳴らした。女性は手順にこだわると分かっていながら、男性であるヒューベルトは最低限のマナーは守っても、欲には忠実である。
「私にそうしてものを求めても無駄だと分かっているではありませんか」
「はじめから諦めてませんか?」
「そうともいいますな」
  ベルナデッタから白けた目を向けられても、どこ吹く風。抱き寄せて丸い頭に口付けを落とし、僅かな衣服の隙間からするりと手を滑らせる。瑞々しいもちもちとした柔らかい肌が掌にすいついてくる。
「ええええ! こ、ここでですか」
 ベルナデッタは両肩を跳ねさせて、声を上げた。
「いえ、寝台にお誘いしようかと思いましたが…… そうですな、こちらでも良いかもしれません」
「だっ、ダメですよ。ここでどうするんですか」
 たまには趣向を変えてみるのも悪くない。ベルナデッタと額と額をつきあわせて、悪だくみにほくそ笑む。
「お望みであればこちらで。それはそれは刺激的な体位で交わることになるでしょうな」
 ベルナデッタの顔が僅かに引きつったが嫌ではないらしく、抵抗はない。言葉にはしないものの、興味はあるらしい。臆病な癖に妙に好奇心旺盛なところがある。身体を交らわせる好さは分かっているのだから、甘美な誘いなのかもしれない。
「別に、構わないですけどぉ。どうしたらいいのか分かりません」
 貞淑な女でいたいらしく、乗り気でないように見せかけたいらしい。ベルナデッタは恥ずかしそうに唇を窄めて、視線を泳がせている。
「では、こちらへ」
 ヒューベルトはベルナデッタの手を取り、彼女をしかるべき場所へ導いた。ヒューベルトの上に向かい合うように座らせると、ささやかな質量ながらも弾力のある丸い胸に顔を埋めた。ベルナデッタの手がヒューベルトの波打つ癖毛に差し込まれ、その唇がヒューベルトの額へと触れる。
 言葉を交わすことなく、既に互いに吐く息は熱い。手ほどきは必要がないようだ。気ままに求め合い、もつれ合いながら愛欲の海へと沈んでいった。