決戦はホワイトデー Side ヒューベルト
「それで決まったの?」
最後の訪問先からエーデルガルトの自宅まで車を走らせているときだった。ヒューベルトはハンドルを握ったまま、バックミラーを一瞥した。
後部ドアによりかかるように座る年若い主人は、窓からの風に自慢の銀色の髪をたなびかせて、瞼を伏せている。
「何がですか?」
「何がって、もう忘れたの? そう、残念だわ。貴方の中では、ベルナデッタからの……」
「覚えております」
ヒューベルトは声を重ね、エーデルガルトからの口撃を防いだ。
「それは良かったわ」
「急に尋ねられましても、私の方も何のことやら。ビジネスの話かと思います」
「仕事のことで頭がいっぱいなのね…… ベルナデッタにはあんなにあからさまに避けられているのに」
エーデルガルトの声は淡々としたものだったが、その内実はヒューベルトへの非難であるのは明白だった。
ヒューベルトは嘆息した。その件に関しては、返す言葉がない。
ちょうど長い信号に捕まったところで、ヒューベルトは改めてエーデルガルトの様子を確認した。察しの良い彼女はヒューベルトの視線に気付いたようで、向き直ると小首を傾げてにこりと微笑んだ。悪いことを考えているときの主人の表情だった。
「気にしてないのかと思ったわ」
「気になりますよ、あれだけあからさまに避けられては」
「ベルナデッタが極度に臆病っていうのもあるけれど、今回の件は貴方の方に責任があるのではないかしら」
自分のせいにされても、とヒューベルトは心の内で反論した。
あのチョコレート事件から、ベルナデッタは用事があるとか忘れ物をしたといって、感想や礼を述べる機会を作らせてくれない。これまでは、エーデルガルトが車に乗り込むまで見送っていたのに、あの事件から、車を止めてヒューベルトが降りてくるや否や、理由をつけて逃げさってしまう。
ヒューベルトはベルナデッタと会話をする機会をすっかり失ってしまった。そうであるならと、スマホの会話アプリでメッセージを送っているものの、未だに既読にならない。あれから二週間経過しているのに、見てももらえないのだ。
泣きながら逃げ出したベルナデッタをその当日のうちに対処しなかったことは悪いとは思っている。しかし、その翌日からあそこまで徹底的に避けられ、メッセージも読んでもらえないという事態になってしまうとは、さすがのヒューベルトでも思いもよらなかった。
「ごめんなさい、言い過ぎね」
「いえ」
信号が青に変わり、ヒューベルトは車を走らせた。
エーデルガルトの言葉で傷つくほど繊細ではないが、ベルナデッタから避けられていることは遅効性の毒のようにじわじわと心を蝕んでくる。
以前のようにエーデルガルトを一緒に待ったり、彼女を交えて仲間内で出かけたりすることは無くなってしまうのだろうか。
初めの方こそ臆病なベルナデッタに気を使い振り回されたものの、素朴で心優しい彼女に少なからず愛着を覚えていることを否定できない。不意に名を呼ぶ彼女の声が過り、ヒューベルトは苦笑いを刻んだ。
「話を戻すけれど、彼女へのお返しは決まったのかしら?」
「いえ」
何となく嫌な予感を抱きながら、ヒューベルトは手短に返答した。
お返しを準備したところで、果たして受け取ってもらえるのかどうか怪しい状況だ。何か準備しなくてはと思っていたが、ホワイトデーまではまだ二週間ほどあるので、その間に何とかすればよいと思っていたのである。
帰宅ラッシュと重なり、車は停止と進行を繰り返し始めた。エーデルガルトが「混んでるわね」と独り言を漏らした。
「ねえ、これからお返しを探しに行くっていうのはどうかしら。私は女子高生でベルナデッタと同年齢で、そして…… 親友、でしょ。アドバイザーとして適任だと思うのだけど」
ああやはりそういうことか。
ヒューベルトは軽い目眩を覚えてゆっくりと頭を振った。確かに自分では良いものを選べると思えない。が、エーデルガルトの提案が全てにおいて善意の提案ではないことぐらいは察しがついた。
若い主人は、自分とベルナデッタの関係を楽しんでいるのだろう。
ヒューベルトはそう結論づけた。
「今日はこれから予定もないし、お父様にはもう連絡してあるの。お父様も貴方と一緒なら大丈夫だって言ってくださっているわ」
「根回しがお済みだと。さすがはエーデルガルト様」
「ふふ、それに次の交差点を曲がれば、直線上に大型ショッピングモールかある。貴方に提案するタイミングまで考えていたわ」
完全に退路が絶たれたわけではなかったが、ヒューベルトは大人しくエーデルガルトの提案に乗ることにした。