ヒューベルト=フォン=ベストラは変わったのか - 5/5

「彼等に当てられたわ。私、みくびっていたかもしれない。ヒューベルトがあんなに…… やめましょう。思い返すだけでこちらが恥ずかしくなるわ」
 日中のヒューベルトの様子を思い浮かべるだけで、軽い眩暈すら覚える。エーデルガルトはぐったりとして、長椅子に身体を預けていた。茶会は無事に、そして、円満に終了した。
 さすがのヒューベルトも、今日は宮城には残らず、ベルナデッタを伴って帰邸した。その後、二人でまたああやって、邸内で働く人間に、恥ずかしくなるぐらい愛に溢れた空気を振りまいているに違いない。エーデルガルトはそう決めつけて、彼等に仕える人々に同情した。
 始末が悪いのは、彼等が、悪意なく、ごく自然に、かつ、無意識に、周囲の人間に拡散していることだ。遠慮がなく、加減を知らない。
 そんな彼等の愛を直接その身に浴びたエーデルガルトは、食傷気味で、次回からは可能な限り、各々と個別に会いたいと思うぐらいだ。
「でも、安心しただろう。君は彼らのことを心配していたわけだから」
 エーデルガルトは、身につけている全ての装具の重みを感じながら、「そうだけれど」と言って、隣のべレトの肩に体重を預け、瞼を閉じて息を吐く。いつ結婚したのだろうかと確認したくなるぐらいの熱愛ぶりに、エーデルガルトは心配していたことすら忘れていた。
「べレトさんは分かっていたの?」
 僅かに頭を持ち上げて、べレトの横顔を見つめると、彼は肯定も否定もせず、口角をあげた。ヒューベルトもそうだが、ベレトも多くを語らない。男性というのは総じてそういう生き物なのかもしれないと、エーデルガルトは身近な男性を数名想像した。
「それよりもエル、俺たちも少し寛がないか?」
 ベレトの提案に、エーデルガルトは呆気にとられ、気の抜けた声で返事を返した。あまりに唐突で、彼の意図するところがよく分からなかったというのもある。そのあとからじわりじわりと、その言葉が広がって、よくやくその真意に辿り着く。
「侍従を呼んで装具を外してもらわなくてはいけないわ」
「いいんだ、俺が外す」
「ベレトさん、そんなこと出来るの?」
 エーデルガルトは、ベレトに寄りかかるのを止めて、目を丸くした。頭部の装具は侍従数名がかりで整えるほどに重く、慣れない者が担当すると時間がかかる大層手の込んだものだ。
「やろうと思えば、できるさ」
 長椅子から立ち上がると、背もたれの後ろ側に回り込み、べレトはエーデルガルトの頸部に指を滑らせる。触れたところから甘い刺激が走っていくのを感じながら、エーデルガルトは僅かに身を震わせた。
「当てられたのさ、いいだろう? 俺たちも見せつけてやるべきだった」
「ふふ、確かにそうね」
 項に唇を寄せられ、むず痒さを覚えながらも、エーデルガルトは素直にベレトの誘いに堕ちていけない。皇帝という立場から、感情を自制することが多いエーデルガルトは、自分の欲や感情に正直に生きていくことが苦手だ。素直で正直なベルナデッタに、羨望の気持ちを抱きながらも、決してはそうはなれない悔しさを込め、エーデルガルトは手を背後に差し伸べる。ベレトを求めるように指を滑らせて、彼の頬のありかを探す。
「君は、君のままでいいんだ、エル」
「でもね、ベレトさんの前では、もっと素直でいたいわ」
「俺は、どんなエルでも愛している。無理をすることはない、少しずつでいい」
 ひとりぼっちの掌は、べレトに受け止められ、優しく包まれる。渇望した家族の温もりに、エーデルガルトの身体の力は少しずつ抜けていく。皇帝エーデルガルトの仮面と鎧を捨てることができるのは、ただ一人、ベレトの前だけだと時間する瞬間でもある。
 それでも、エーデルガルトはこの温もりにはいつまでも慣れない。浸ってしまえばいざそれが失われたとき、全てが壊れてしまいそうだから。皇帝の地位も統一国家も手に入れたエーデルガルトが恐れるのは、国の体制の崩壊でも、自らの失脚でもなく、ベレトという伴侶を永遠に失うことだった。
「べレトさん、ありがとう」
 共にいることを選んでくれて、という言葉は自らの心の内だけで。
 ヒューベルトもそうであったのだろう。彼もまた、常に従者ヒューベルトであり続け、そして、これからもそう生きていくのだろう。エーデルガルトにとってのベレトは、ヒューベルトにとってのベルナデッタなのだ。互いに訪れたこの幸せが永遠に続くようにと、エーデルガルトは願うように瞼を伏せた。