ホワイトデー詰め合わせ - 2/3

決戦はホワイトデー Side ベルナデッタ

 ベルナデッタはスマホの画面を物憂げに見つめた。アプリからの通知マークにはずっと前から気づいていて、震える人差し指を液晶画面に向けてはそこから先に進めない。

「はぁ。怖くて、見ることができないよ」

 ベルナデッタはそう言うと、突っ伏した。机の上には受験に向けた勉強道具が広げられたままで何も手をつけていない。
 そろそろと顔をあげて、シャープペンシルを取る。菫色の細身のボディのシャープペンシルは、ヒューベルトとエーデルガルトと一緒に出かけた際に買ったものだ。ふとその時の光景が過ぎった。
「貴女によくお似合いですよ」と言って薦めたヒューベルトのその表情にどきどきと胸が高まって、はっと我にかえる。

「ダメダメ、こんなことしてちゃ落ちちゃうよ、第一志望」

 現実に立ち戻ろうと、頭を左右に何度も振ってヒューベルトを頭の中から追い出す。
 気を取り直して、テキストを広げる。集中集中と唱えながら、肘をついてペンを回す。しばらく英語のテキストを読んでいたが、眺めているだけで頭に入ってこない。頭の中にはヒューベルトという単語だけがひたすら彷徨っている。
 単なるお礼のメッセージならいい。もし苦情だったら。返事を返すときには相手にブロックされてたら。悪い妄想だけが次から次へともりもりと湧いてくる。
 親友の付き人を好きになってしまった。その人は大学生でエーデルガルトのビジネスの補佐役でもある。長身で少し冷たい感じがしたが、実際に話してみると穏やかで優しい人だった。そして、その彼がベルナデッタにとっては、はじめて好きになったひと。
 ベルナデッタはふぅと息を吐く。
 自分は高校生になるのにようやく月の知らせが来るような子供っぽい体つきで、学年で一、二を争う背の低さである。最近になってようやく小学生と間違えられることは減ったが、未だに中学生でも罷り通る。

「あたしなんかが…… だって」

 エーデルガルトに聞いたことがあった。ヒューベルトはあれでいてモテるらしい。彼自身はそういったことに積極的ではないらしいが-- 彼の同年齢の女性たちと浮かべると明らかに劣る。きっとそうした対象としては見られないと、ベルナデッタは思っていた。
 人混みが苦手なベルナデッタを気遣って声をかけてくれるというそのヒューベルトの行為は恋愛感情によるものではないのだろうし、エーデルガルトの親友だから仕方がなく付き合ってくれていて、連絡先を交換したのはエーデルガルトと連絡をとれないときのために違いない。
 考えているだけで、失恋気分に胸が苦しくなる。いよいよ涙がぽろぽろとおちて、ノートに染み込んでいく。
 化粧でもしたらどうかと幼なじみのユーリスに揶揄われ、最近は少しずつ施すようになったものの幼い顔つきに劇的な変化は訪れる気配はない。
 エーデルガルトは高校卒業と同時に、ビジネスの勉強もかねて大学は海外を志望しているようだ。ヒューベルトも帯同するのだろう。残された貴重な1年が、こんな形で幕を下ろすのはベルナデッタの望んだことではなかった。

 どこからか振動音が聞こえていた。スマホの液晶に強い明かりが灯っていて、机の上でリズムを刻んでいる。

「あれ、エーデルガルトさんからだ」

 ベルナデッタは涙を拭って、電話に出た。

「ベルナデッタ? ねえ、14日は空いてる?」
「え、ええっとぉ…… 特に、予定は」

 エーデルガルトはいつも唐突だ。
 ベルナデッタは慌ててデスクに飾ってあるハリネズミのカレンダーをみて、予定を確認した。

「彼女、大丈夫だって。ヒューベルト」
「え、えっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「何? 予定、空いてるって言ったじゃない」

 ヒューベルトという単語に、ベルナデッタは混乱した。エーデルガルトのすぐそばに、彼がいるのだろう。
 電話の向こう側からヒューベルトの声が漏れ聞こえてくる。彼もこの電話は了解していなかったのだろう。エーデルガルトに苦情を言っているようなやりとりが続いている。

「あの…… ご、ご迷惑みたいですし、その」
「ほら、ヒューベルト!貴方がそんなことだからまたベルナデッタが泣きそうになっているじゃない」

 ベルナデッタの声は聞こえているようたが、エーデルガルトはヒューベルトに非難の言葉を向けている。
 しばらく異音が続く。ベルナデッタは戸惑ったままスマホを耳に押し当て続けた。

「ベルナデッタ殿」

 聞き慣れた低くゆっくりとした声に、ベルナデッタは声を失った。スマホを持つ手が震え、汗が滲んでいる。

「聞こえておりますか?」
「は、はい」

 しばらく沈黙が続く。
 ベルナデッタの心音がとくとくと次第に弾み始めた。
 この声が好き。いつまでもスマホを押し当てていたくなる。
 ベルナデッタは目を細めて感情をなぞりながら、薄く微笑んだ。

「お礼を直接お伝えすることができず、申し訳ありません。メッセージをお読みいただけないようですので、すっかり嫌われてしまったかと。チョコレート、ありがとうございました」
「は、はい」

 色々と言いたいことがあるのに、声が上擦って、言葉が出てこない。

「後ほど、メッセージをお読みいただけると。直接申し上げるのは些か恥ずかしいものでして」
「はい」
「それで…… 14日ですがご予定はいかがでしょうか」
「あ、は、はい」
「では、学校の車寄せに16時ごろお越しいただけますか?」
「はい」
「その…… 車で出かけようと思いますので、どうかそのおつもりで」
「あ、は、はい」

 先程から「はい」しか言っていない。急展開に頭が真っ白で、恋しいこの声にまともに応じることができない。
 ドキドキが加速していくのを感じながら、ベルナデッタは空いている方の手を胸にそっと押し当てた。

「と、言うことだから、今度はちゃんと逃げないように」
「は、はい」

 声がエーデルガルトに代わり、ベルナデッタは意識を取り戻す。
 その後何度か会話をして、電話を切る。そして、スマホを机に置いて、はーっと盛大に息を吐く。
 カレンダーの14日を見て、まだ一週間以上あることに気づく。怖いようで待ち遠しい。そこで、メッセージを読んでほしいと言われていたのを思い出し、スマホを手に取る。

エーデルガルト様に関係しないことでメッセージをお送りするのは、ご迷惑にならないかと躊躇いましたが、何卒ご容赦ください。
ベルナデッタ殿にお伝えしたいことがあり、こうしてメッセージをお送りしています。
あのとき、貴女を呼びとめもせずにお礼をすることもできずに、大変申し訳ありませんでした。
手製のチョコレートをいただけるのは初めてのことで、とても嬉しく思っております。私の好みに合うよう甘さを調整してくださったようで、心遣い、深く感謝いたします。
どうか今後とも以前と同じようにお話をしてくださらないでしょうか。私の至らなさをどうかお許しください。

 何度も何度も言葉を辿って、その上にヒューベルトの声を重ね合わせる。

「ヒューベルトさん」

 ベルナデッタはスマホを胸に押し当ててしばらく感じ入ると、意を決して液晶に指を滑らせ始めた。

私の方こそ、ごめんなさい。
ヒューベルトさんを傷つけてしまいました。おいしく召し上がっていただたようで、とても嬉しいです。
14日にお誘いいただいてありがとうございます。とても楽しみにしています。

 学校終わりだからおしゃれはできない。それでも化粧ぐらいは頑張ろうか。
 ベルナデッタは浮き足だって、鏡の前でしばらく顔を見つめ続けていた。