好奇心と臆病

 部屋を選ぶ電光掲示板の前に、ヒューベルトとベルナデッタは佇んでいた。
 ヒューベルトの腕を取って、やや後ろで複雑そうな顔をしているベルナデッタを見て、ヒューベルトは心の内で苦笑した。あれほど行ってみたいと意気込んでいたはずがどうしたものか、ここに居てはいけないという形相でヒューベルトの袖をこれでもかと握りしめている。
 これではまるで無理矢理連れ込んでいるみたいである。
 互いに品のないあからさまな部屋は好みではない。ベッドとソファーの写真が描かれた一番無難な部屋をベルナデッタが指さした。彼女の震える指先が休憩を押しそうになったので、ヒューベルトはすかさず宿泊のボタンを押す。
 「えっ」という彼女の声が聞こえるが、ヒューベルトはそれを聞かなかったことにする。
 そもそもこの時間から休憩ともなると、終電ぎりぎりになることが最大の理由であったが、久しぶりの彼女をたった数時間で解放すること自体が勿体ない。そんな下心は表に出さないまま、挙動不審な彼女とともにエレベーターへと乗り込んだ。
 ガサガサとコンビニで買った飲み物やお菓子が揺れる。そんなものを愉しむ余裕はどうみても彼女にはない。何に恐怖しているのか分からないが、目をぎゅっと瞑ってヒューベルトに縋りついている。
「貴女が来たいと行ったから来たんですよ」
「そ、そうなんですけどお…… なんだか、ちょっと恥ずかしくて」
 冒険心があるのかないのかどちらなのか。扱いきれないと思いながらも、恥ずかしそうに俯く彼女を見るのは悪くない。少しばかり虐めて、反応を愉しんでも良かったが、狭いホテルだ。あっという間に部屋までたどり着いた。
 部屋に入るや否や部屋の中央に鎮座する広すぎるベッドが飛び込んできた。三人掛け以上の広さがあるソファに、液晶テレビ。液晶画面には、目も当てられないような番組の案内や、いわゆる大人のおもちゃの販売広告が映っている。
「わ、なんだかあからさまですねぇ」
「まぁ…… 致し方ないでしょうな」
 だから言ったのにと心の中で付け加えながら、ヒューベルトはベルナデッタの丸い菫色の頭を見おろした。ベルナデッタは縮こまったようにソファの一番端に身体をこれでもかと縮こめて座るを見てから、ヒューベルトは買ってきた飲み物を簡素な冷蔵庫に入れていく。
「こっ、この部屋はいわゆるえっちなことだけする部屋なんですよね」
「まあ、そうでしょうな」
 このホテル自体がそうであるし、それを分かって誘ったのではとヒューベルトは彼女に背を向けたまま苦笑した。
 ベッドサイドにはティッシュと避妊具が置かれていて、部屋の作りこそ普通のビジネスホテルを広くしたような部屋であるが、濃密な性の気配を感じる。
「嫌なら何もせずに泊まることもできるのですよ」
 怯えた様子のベルナデッタの前に立つと、腕組み、やや呆れた様子で見下ろした。対するベルナデッタはちらちらとヒューベルトをみてはぼそぼそと何か呟いている。性行為がしたくないわけではなさそうだが、それを口にするのがさしずめ嫌なのだろう。興味はあるし嫌いではないけれど、未だに背徳感があるようだった。それはそれでいじらしくて、ヒューベルトは彼女を愛しく思うのだった。
「ちゃっと緊張してましてえ、あっ、テレビでも見ますか!」
 ベルナデッタがリモコンに手を伸ばしたので、ヒューベルトはそれを制止しようとしたが遅かった。プッと音がして画面に映されたのは裸の男女が声をあげてまさに睦み合っているところであった。
「ひぃやややややっ。え、やだやだ。おかしいですね、えっとぉ……」
 何も知らない彼女が懲りずにリモコンを操作した。反応が面白いのでその反応を楽しむかと、ヒューベルトはベルナデッタの隣に腰を下ろした。
「ああ、あっ! こ、これはぁ……」
 リモコンを持つ手が震えているが、彼女は明らかに画面を凝視している。
 画面には女性が扇情的な顔で男根を触れ、口に含んで艶めかしく舌で嬲る場面が映し出されていた。さすがに局部は修正されていてよく分からないようになっているが、赤黒いものというのが分からなくはない。
「どうかされましたか、ベルナデッタ?」
 これまで何度かベルナデッタを抱いているが、未だにヒューベルトの局部を目にしていない彼女にはかなり刺激的だったのだろう。慌ててテレビを消して、ガタガタと震えながらさらにソファの端へと身を寄せ、あからさまにヒューベルトと距離を取った。
「あんなものが!」
「ええ、あんなものが貴女にも挿入っているのですよ」
 喉を鳴らすように笑うと、悲鳴をあげてベルナデッタは更に怯えた。意地悪をするとベッドまで持ち込むのに時間がかかってしまうため、ヒューベルトはそれ以上ベルナデッタをけしかけるのをやめることにした。仕事が忙しくてなかなか時間が取れない。彼女との時間は貴重なのだ。
「あの、休憩じゃなくてよかったんですか?」
 ちらちらと汚らわしいものを見るような目で、ベルナデッタに見られている。
「ええ、せっかくですし」
「そ、そおですか。」
 途切れ途切れの会話には無言の時間を挟む。
 緊張しきった彼女の頬に手を伸ばして、くすぐると喉を鳴らす猫のように目を細めてベルナデッタが笑った。
「あたしとしたいですか? その、え、えっちなこと、なんですけど」
「したくなければ来ませんよ。ですが、今日は共に寝るだけにいたしましょう」
 ヒューベルトはくつくつと笑ってから差し伸べた手を彼女の後頭部に回すと、引き寄せるように優しく触れるだけのキスをした。
 シャワーを浴びてくると言って立ち上がったベルナデッタがほどなくして、また、悲鳴をあげた。風呂と部屋は硝子で仕切られていて、中身が丸見えだったのだった。