無自覚と無防備
名を呼ぶ声に揺さぶられ、ベルナデッタは覚醒した。重い瞼をあけていくと、そこには渋面ではなく困り顔のヒューベルトの顔があった。
ポカンと口をあけたまま、ここはどこかと考える。それからはっとして、頭を振った。
「お目覚めのようで」
苦笑いにベルナデッタは目を逸らしていきながら、小声で謝罪の弁を返す。
仕事を手伝うなどと意気込んでそれから、いつのまにか長椅子で眠りこけていたらしい。頭の重みで首すじが痛む。どのぐらいそうしていたのか分からないが、これでは手伝うどころか恥を晒しているようなものだ。
「ごっ、ごめんなさい。ベル……そのぉ」
「お気になさらず。お疲れのご様子でしたからしばらくそのままにしておいたのですが、さすがに妙齢の女性を夜通し我が執務室に滞在させるのは人の目もありますから」
ベルナデッタは意味がわからず、キーワードと思しき言葉を繰り返し呟いた。
「わかりやすく申し上げると、私と男女の関係だと周囲に思われますよ、ということですが」
目の前の男から訝しむような眼差しを向けられ、ベルナデッタは顔を赤らめた。気分はいつまでも子供のまま。そんなこと思いもよらなかった。
「いつまでもなんだか子供ですね。そんな自覚、全然なかったですよぉ。そもそも」
「そもそも?」
「そもそも、ヒューベルトさんがそんなことをするようには思えませんしぃ、相手はベルですし」
ベルナデッタは朗らかに笑い飛ばすと、同意を求めるように首を傾げてヒューベルトを見上げた。
「ほう。みくびられたものですな。否、評価いただいているのか」
「そういう意味じゃなくて、ヒューベルトさんの好みじゃないでしょうし、ベルみたいな落ち着きのない子供っぽい女は。きっとシャミアさんのような自立した大人の女性がお好きなのでは?」
ヒューベルトは浅く笑んで、肩をすくめて誤魔化した。それから身体を屈めると、ベルナデッタに白い手袋を嵌めた手を差し出した。
「手を」
「えっ」
「お嫌ですか?」
「ど、どぉして」
「貴殿を一人の女性として扱っているまでですよ。もとより、私の手など触れたくもなければ結構ですが」
「そ、そんなことはないです」
ひっこめられそうになる手に、ベルナデッタは慌てて手を乗せた。それから促されるように長椅子から立ち上がる。
初めて触れたヒューベルトの手は手袋越しでも筋張っていて、しっかりとした関節の感触があった。
「おや、いつまでそうされているので?」
「ぴっ、ぴゃあああ、ご、ご、ご、ごめんなさいい」
手を握ったままであることを指摘されて、ベルナデッタは全身が沸騰したかのように熱くなった。今すぐどこかに逃げたいなどと思いながらも、今度は手を離そうにもヒューベルトにしっかりと握られている。
「お望みであればこのままでも?」
薄闇の部屋に青白い肌がぼんやりと浮かんで見えた。こんなにも色っぽく笑うこともあるのだと、ベルナデッタはヒューベルトを見つめたまましばしぼんやりとしていた。
「ククク、刺激がお強いようで」
「そっ、そんなことありません。じゃあ、このままで」
「ええ、望むところです」
お互いにぎゅっと握り合うと、あたかも既に親しい男女のように手を繋いだまま、ベルナデッタの自室まで向かうのだった。