秘密の時間
ほんの出来心だった。
酒が入っていたから、気が大きくなっていたからかもしれない。
「ベルが膝枕してあげます」
ベルナデッタは、ぽんぽんとよく張った太ももを掌で叩いて指し示す。
夫であるヒューベルトもベルナデッタに並んで酒を嗜んでいて、青白い肌にほのかに朱がさし、いつになく血色がよく見えた。
ベルナデッタの突然の申し出に、ヒューベルトははたとグラスを持とうとする手を止め、ベルナデッタへと顔を向けると何度か瞬きをした。
いくら妻になってしばらく経つとはいえ、これは宮内卿ヒューベルトにとって許しがたい暴挙だったのだろうか。ベルナデッタは調子にのって滑りでた言葉に後悔しつつも、ヒューベルトににこりと笑顔を送った。
「さて、我が妻は突然何を言い出すのやら」
「ヒューベルトさんもお疲れでしょうから、たまには妻に甘えてもいいんですよ」
ヒューベルトはしばしの間、指で顎を摩っていたが、肩をすくめて鼻で笑ったかと思えば、徐に体を横たえた。
ヒューベルトの柔らかい黒髪が肌に触れて少しばかりくすぐったい。ベルナデッタはヒューベルトをみおろして、左目を覆う前髪をかき分けた。ヒューベルトは瞼を伏せており、組み敷かれたときには獣のように鋭い、その黄金色の瞳はその向こう側で伺えなかった。
「どうですか、ベルの膝枕は」
「寝台に並べてある枕よりも良質かと」
「喜んでいいんだか悪いんだかわからない例えなんですけど」
ベルナデッタはわざとらしくいじけた声でぼやいた。
「なに、褒め言葉ですよ」
「はいはい」
少しいじめすぎたのかと思ったのか、ヒューベルトの腕が伸ばされ、枯れ枝のような指で頬を撫でられる。
「今後も、こうしていただけると期待しても良いと言うことでしょうか」
「ほえっ?」
突然の申し出に変な声が出た。
真意を問おうと問いかけるも、夫からは既に寝息が聞こえてきている。
酔っ払いの一言なのか、本心なのか。
気になるところではあったが、今はただ、子供をあやしつけるように豊かに波打つ黒髪を指で撫で梳くだけで良かった。
「おやすみなさい、ヒューベルトさん」
後ほど、足が痺れて後悔する羽目にはなったが、その日からごく稀に、ヒューベルトから膝枕の申し入れがなされるようになり、それは彼等の間に子が成されても、夫婦の秘密の時間として守られ続けるのだった。