これは決して私の趣味ではない
それは突然、ヒューベルトの元にやってきた。
満面の笑顔で差し出される妻を模したというくまのぬいぐるみ。それを受け取るのに数分逡巡したほどだった。寂しさを紛らわせてくれるという有難迷惑な妻の提案だったが、ヒューベルトは妻の代替で満足をするような男ではなかった。
「しかし、私にどうしろと」
ヒューベルトはくまのぬいぐるみに問いかけるように呟いた。他人がみたら、くま相手に悩み相談をしているようにも映っただろう。綿がぎっしりと詰め込またぬいぐるみを握る手に力が入る。正気のない丸い瞳には楕円に膨らんだヒューベルトの小さい顔が映り込んでいる。このぬいぐるみに小馬鹿にされているような気分になって、忌々しさが膨らんで行くものの、ヒューベルトの脳裏には惚気顔のベルナデッタがよぎった。
妻の平服を模しただけのぬいぐるみではないか。
ヒューベルトは盛大に息を吐く。適当な置き場のないこのぬいぐるみをどこに配置したものかと室内を見渡した。応接用に設けた長椅子か、それとも、隙間のある本棚か、余計なものを置く趣味はないため、置き場が限られる。ヒューベルトは最後に自分の重厚な机をみた。いかにもぬいぐるみには不釣り合いな一枚板で仕立てられたヒューベルトがこの室内で一番こだわった机だった。
ここに置けば嫌でも目につく。それが自分だけであったら良いが、部下、同僚をはじめとした宮城で働く者たちが目にすることになる。斯様な趣味を持ち合わせている男だと思われるのは、高いところに吊るされるのと同等に嫌だった。
「全く、困りましたな」
罪のない丸い瞳がじっとヒューベルトを見つめている。ぬいぐるみに食い込ませていた指の力が弱まった。ぞんざいに扱っていたことを妻が知れば、悲しむことは間違いない。
「仕方ないですな。貴殿にはこちらに座っていただきましょうか」
ヒューベルトはついに観念した。
ぬいぐるみの腕を指で突き上げて上下に動かすと、盛大に息を吐いた。奇妙にも喜んでいるように見えなくもない。それから、ぽんと羽ペン置きのそばに座らせた。
「あ、あの、閣下。そちらは、ひっ、ひい!お許しを」
「別に怒ってなどおりませんよ。ただし、仔細を話すつもりはないということについては理解をしていただきたいものですな」
それからしばらくの間は、この部屋に初めて入ってくる関係者全てと、このようなやりとりが繰り返されることになった。ベルナデッタを知る者が浮かばせる含み笑いには耐え難い屈辱を覚えたが、彼の妻を知らない者らがそのぬいぐるみと並ぶように座るヒューベルトを目にしてすっかり言葉を失う様には、ヒューベルトらしい凄味ある強面を作って応じていたが、内心ではこれは面白いと反応を楽しんですらいた。
さらに時間がたてば、そこにいること自体が当たり前になり、邸に帰る頻度も上がったとか上がっていないとか。いずれにせよ、戻る時はそのぬいぐるみを連れて帰邸したことはいうまでもない。