ヒューベルトとベルナデッタは顔を合わせることもなく、露台の柵に身体を預けていた。会食も歓談の時間になり、外の空気が吸いたいといって会場を後にした彼女を露台で見つけ、ヒューベルトが声をかけたのだった。
外はシンと静まり、時折、乾いた冷たい風が吹きつける。
見るからにベルナデッタは寒々しそうであった。羽織を持ってくるのを忘れたと彼女は笑ったが、自領よりはずっと温かく感じると漏らした。会議の後の会食に適した夜会服をまとった彼女は、ヒューベルトの目にもいつになく艶やかに見えた。ドロテアのような肉感的な美しさではないが、まだ男を知らぬ無垢なまばゆさを感じる。本人は気付いているかどうかわからないが、彼女の変貌ぶりに数名の領主が彼女に釘付けになっていたのは確かだった。彼女がこうして会場を抜け出さなければ、数名に囲まれていたに違いない。
(変わったものだ…)
ヒューベルトは彼女の丸い肩を一瞥して、また中庭の噴水へと目を向けた。
「貴殿が会議の後の会食に姿を見せるとは、どういう風の吹き回しでしょうか。珍しいこともあるものですな」
ヒューベルトはそう切り出した。
「えっへん。あたしだって頑張っているんですよ、領主の務めも果たして、それからその後の会食にだって参加してるんですから。めちゃくちゃ褒めてもらいたぐらいです」
「ククク、そうですな。かつての貴殿を思えば、誉め言葉だけでは足りないぐらいではないかと」
ヒューベルトはかつての彼女の姿を思い起こしながら、眼を細める。
本を頭に被せて教室の隅で小さくなってしゃがみこむ彼女、ヒューベルトの外套を隠れ場所にしてやり過ごそうとする彼女、見知らぬ人に声をかけられ緊張して声がでにくくなる彼女——
そんな彼女が今やしっかりと務めを果たしている。人は変わるものだ、とヒューベルトは改めて心の内で呟いた。
「誉め言葉では足りないってことはぁ…… ヒューベルトさん、ベルに何かくれるんですか?」
「さて…」
期待の眼差しを横顔に受けながら、ヒューベルトはそれをあっさりと受け流す。
「そういえば、そろそろ、貴殿の誕生日が近いのでは?」
「あれ、よくそんなこと覚えていますよね。全然興味なさそうなのに」
「興味はございませんよ。特別な意味も。ただ、個人を形成するひとつの情報として把握しているまでです」
「そういうことだと思いました」
興味がなさそうに思われても否定はできないが、事実としてはヒューベルトは各将校の情報は全て頭に叩き込んでいて、その中の一つに誕生日も含まれている、それだけだ。その日がヒューベルトにとって特別だというわけではない。ただの個人を形成するための情報である。ベルナデッタが特別なのではなく、他の将校の誕生日に関しても同様に諳んじることができるのだ。本人確認の第一質問としては適しており、その程度にしか使えないだろうということも理解している。当然、主人から各将校への心遣いとして贈り物を頼まれる場合なども想定しているが、基本的にはただの情報でしかない。
つまらなさそうなベルナデッタの様子に、ヒューベルトは肩を竦める。期待したあたしが馬鹿でした、と本人は聞こえないつもりで呟いたようだったが、ヒューベルトの耳にはしっかりと届いている。
「つまり、その頑張っている褒美とやらは、貴殿の誕生日にお付き合いされている方からいただけるのでは?と申したかっただけです」
ヒューベルトはそう言って、また中庭の方へと身体を向けなおした。ベルナデッタが最近になって婿探しに躍起になっているという噂を耳にすることが増えた。過去はともかくとして、今はそれなりに自領を運営する若くて美しい女領主だ。きっと相手は見つかっているのではないか、ヒューベルトはそう踏んでいた。これは一種の誘導質問である。そして彼女が容易く罠に飛び込んでくることもヒューベルトは理解していた。
「えっ、そ、そんなひとぉお、まだいませんって。今絶賛頑張ってはいますけどぉ、ヒューベルトさんのところまでそんな話が届いているだなんて、は、恥ずかしいです」
「なるほど。では、万が一、そういう方がいらっしゃったとして」
「いらっしゃったとして?」
「貴殿は誕生日に何を贈られたいですか?」
ヒューベルトの問いに、ベルナデッタはうんうんと真剣な表情で唸りながら、ああでもないこうでもないと言い始めた。
「急に尋ねられてもぉ、困りますよ。た、例えばぁ… う、」
「ウツボカズラ以外の方がよろしいかと」
「えええ、ダメですかぁ?」
「ダメではございませんが。あまり特別なものではないかと思いまして」
ベルナデッタはヒューベルトの意見に「確かに」と呟くと、納得したように何度か頷いてみせた。
「でもそういう風に言われると、何にも浮かんでこないんです。敢えて言うのなら…… 一緒に過ごしてくれると、いいなぁって」
実際の様子を想像しているのか、ベルナデッタの肌が僅かに赤く染まったように見えた。両手を頬に添えて、何度か恥ずかしげに身体を捩らせると、想像が更に先に進んだのかだらしない声で笑っている。何とも素朴な願いだと思いながら、ヒューベルトは彼女に悟られないように浅い笑みを刻んだ。
「そのようなことでいいのですか?」
「そのようなって、ベル、それだけで満足です。でも、まだ相手がいないのでぇ…… 結局はひとりで過ごすんですけどね」
「殿方の負担がからかない方ですな、貴殿は。高価なものでもなく、ただ共に過ごすことだけを望まれるとは……」
「指輪とか首飾りももちろん嬉しいんですけど、でも、そういうもので愛ははかれないと思うんです」
心の底からそう思っているのだろう。ベルナデッタの言葉に嘘はないように思えた。
「貴殿に愛について説法をされる日がくるとは思いませんでしたな」
ヒューベルトは僅かに目を見開いてと呟いた。
「是非、役に立ててください。ほ、ほら、ヒューベルトさんもそろそろそういう時期じゃないですか?」
問いかけていい質問なのか迷いがあるのか、ベルナデッタの視線は右に左に彷徨っている。
「も、もしかしてぇ、お、怒りました?」
ベルナデッタが頭を抱えてひるんだので、ヒューベルトは即座に首を左右に振った。
「いえ。有用です。とても役に立ちそうです」
「そうですかぁ、良かったぁ」
それからしばらくしてのベルナデッタの誕生日に、ヒューベルトはヴァーリ領に指導に赴いた。抜き打ちというのは口から出まかせだが、準備が不足していた彼女は大慌ての様子だった。身なりを整えるために部屋に飛び込んでしばらくして姿を見せた彼女はヒューベルトになぜ、と問いかけた。
「何を…… 貴殿が望むようにしたまでですよ」