「ベルナデッタもヒューベルトも変わったわね。彼は大人しくなったし、ベルナデッタは社交的になった」
ベレトはエーデルガルトのその意見には半ば同意しかねた。
熱気にあふれる社交場。欲望と下心溢れる貴族の溜まり場。そこに宮内卿の妻として出席しているベルナデッタについては、その不名誉な二つ名に「元」をつけてもいいぐらいだろう。ただ、その夫ヒューベルトについては、妻の傍にはいない。彼の持ち場であるエーデルガルトのやや後方に控えており、出席者を一人残らず見定めるような鋭い視線を向け続けている。これのどこをおとなしくなったと評するのか、とベレトは思った。
「ベレトさんのその様子だと、違うって言ってるように見えるけれど」
エーデルガルトに黙したまま薄い笑みを向けて、ベレトはヒューベルトへと視線を向ける。
「でも、彼が妻帯するだなんて誰が予想できたかしら」
それだけをとって彼が変わったと定めるには、材料が足りなかった。相変わらず宮城が自邸であるかのように滞在しているし、今もこうして妻をああやって一人きりにしている。何も知らない人間がいれば、魅力的な幼い顔立ちの女性が恋の相手を探しているようにしかみえないだろう。彼のエーデルガルトに対する立ち振る舞いは、何一つ変わっていないのだ。
「それに、少しばかりお小言が減ったのよ」
そのかわり、皇配となった己への小言が増えたのだとベレトは心のうちで付け加える。
(相変わらず… といいたいところだが、気にしていることが一つ増えたようだ)
ベレトはそう思いながら、ベルナデッタの方に興味を向けた。彼の視線は満遍なく会場に向けられているよつでも、特定のエリアに特にその注意が向けられているようだった。
ベルナデッタ、彼の妻。
いつ離縁してもおかしくないとまことしやかに囁かれる、知らない人間からしたら薄っぺらく見える彼らの絆。それを否定するのは彼等と親しい者だけだ。
ベレトがヒューベルトの視線の先を辿ると、そこは彼の妻のいる方面だった。
ベルナデッタを中心に小さな輪が出来上がっていた。かつての彼女であれば1秒たりともその場にいることはできないだろう。
ベルナデッタを取り囲んでいるのは全て男性だ。あの宮内卿ヒューベルトの妻とあっては一夜の過ちに誘うような愚か者はいないとしても、酒精で蕩けた脳味噌では幾分気が緩くなるようだった。彼女の肩に触れたり、背中に手を添えたり、お手付きが散見された。ベレトはその状況をあのヒューベルトが許し続けるとは思えなかった。
ベレトの予感は的中した。
ヒューベルトがエーデルガルトに「失礼」と耳打ちしたと思えば、ベルナデッタを囲む一段へと足を向けたからだった。ヒューベルトが輪に加わるや否や、その集団はあっという間に散り散りになった。それからヒューベルトは彼の持ち場へと帰って来る。何事もなかったかのように、眉一つ動かさず、平然とした表情で。
「あら、何があったのかしら」
エーデルガルトが零した言葉にベレトは目を細め、通り過ぎるヒューベルトを一瞥した。
「皇配殿下、何か御用事でもございましたか?」
「何でもないさ」
ヒューベルトとの短いやり取りを経て、ベレトは改めてベルナデッタを見た。顔を赤くした彼女は、ヒューベルトへと険しい顔を向けている。
「どうしたのかしら、ベルナデッタは」
「聞こえなかったのかい?」
ベレトはようやくエーデルガルトの問いかけに応じた。
「何も…… ベレトさんは聞こえたの?」
「俺は地獄耳だからね」
「それで彼は何と言ったの?」
「彼はね、これ以上我が妻に触れるようであれば消しますよ、と言ったんだよ」
もちろんその後には「冗談ですが、ククク」とはぐらかすように付け足していたものの、ベレトは敢えてその言葉を言わなかった。
ベレトがさも詩を謳うような声で告げた物騒な言葉に、エーデルガルトからすぐさま小さなうめき声が漏れた。
「彼は大人しくなったわけじゃあないさ。これで分かっただろ?」
「全く…… 大人げないんだから」
そういえば彼に同じことを言われたな、かつて―― ベレトは学生時代の彼を思い起こしながら、しばし過去に思いを巡らせるのであった。