内緒の関係(現パロ:オフィスラブ)

(最近、全然会えていないなぁ)

 ベルナデッタは頬杖をつき、もう片方の手でくるくると器用にボールペンを回す。彼女の仕事は毎月特定の時期に集中し、今はその時期ではないため、暇を持て余して余計なことを考えてしまう。
 チャットは業務用として認められているから、個人的なメッセージを送るのは厳禁だ。秘密裏に交際しているヒューベルトとも、業務用ソフトウェアに付属するチャットでは仕事の話しかしたことがない。
 でも、とベルナデッタは一つ言い訳を作る。
 ここのところスマートフォンのメッセージアプリでも朝の挨拶と夜の就寝時のあいさつしか交わしていない。それもいつもベルナデッタから先にメッセージを送っていて、ヒューベルトが先に送ってきたことはまずない。
 秘密ということは、このままでは何もなかったことになるのでは。ベルナデッタは不穏なことを考え始めた。彼がそんな不誠実な人間ではないと理解していても、彼の共有スケジューラーに空き時間がないことが客観的に明白であっても、気を緩めると寂しさが膨らんで、どんどん弱気になってくる。

(ちょっとぐらいなら、いいですよね。個人チャットがIT監査にひっかかったなんてことは聞いたことないですし)

 出来心が膨らんでいき、ヒューベルトの顔写真のアイコンをダブルクリックして、チャット画面を呼び出した。入力カーソルが点滅しているのをみて、いけないことだと分かっていても、今日は会えませんか?と打ちだしそうになる。そこまでやっておいて、結局のところ、ベルナデッタは真面目だった。やっぱりそんなことはできない、とチャット画面を慌てて閉じる。

(何やってるんでしょうか。今日はもう全然仕事する気が起きません、寒いし)
 
 夏場のクーラー戦争に女性陣が勝利をしたとしても、ベルナデッタは女性陣の中でも際立っての寒がりだった。ひざ掛けをしっかりと身体に巻き付けながら、冷えた手をさすりはじめる。同じフロアにいる営業部門の男性陣が外回りから帰って来ると暑い暑いといって、クーラーの温度が気づかないうちにありえないぐらいの温度に設定されていることもある。

(寒い… 絶対、フェルディナントさんかカスパルさんが温度下げてるしぃ) 

 隣席に聞こえるほどのため息を吐き出して、席を立つ。向かいの席ではリンハルトが舟をこいでいる。気楽なものだと思いながら、温かいものでも淹れて気を紛らわせようと、ベルナデッタは給湯室で一息つくことにした。
 
 お気に入りのカップに先日購入した紅茶のティーパックを入れ、給湯器からお湯を注ぐ。ベルナデッタは薄い茜色に染まっていく湯を眺め、ため息をついた。それから、制服のベストに入れたままのスマートフォンを取り出した。ランチタイムに見たときには通知は一つも無かったが、今確認してみると、通知が1件。

”今日は少し時間がとれそうです”

 ヒューベルトからメッセージが届いていた。
 彼のメッセージはいつも一行、それに肝心な彼の意思はあまり書かれていない。人によっては歯がゆく感じるそのメッセージも、ベルナデッタは十分だった。曇り切った表情がぱっと明るくなり、慌ててメッセージ画面を開く。

”少しでもいいので、会いたいです。ダメ、ですか?”
”それでは20時に例のカフェで”

 ヒューベルトからの返事もまた早かった。

 ベルナデッタは「やった」と小声で喜びの声をあげてから、スマートフォンの画面を胸に押し付ける。それから慌てて手鏡を取り出して、乱れを整えはじめた。化粧直しは仕事終わりにするとしても、まだ数時間先のことだというのに、今からそわそわしてきて落ち着かない。

「あら、ベルちゃん。どうしたの? 良いお知らせかしら」

 急に声をかけられてベルナデッタは両肩を跳ね上げた。給湯室に扉はないので、通りがかった人に見られることはおかしなことではない。ベルナデッタは手鏡を持ったままの手を背中に回して取り繕った。

「なんでもないです」
「ふふ、今日はヒューくんとデートかしら。ま、頑張ってね!」
「違いますよう。そういうのじゃなくてぇ、ちょっと身だしなみが気になっただけです」

 ベルナデッタの健気な応戦にもかかわらず、ドロテアはけらけらと笑い「それじゃ」と言って、軽妙な足取りで立ち去っていく。

「だ、だから違うんんですって!」

 秘密の関係だから、とムキになったベルナデッタだったが、二人の関係は社内のほとんどの人が知ることだった。