「ヒューベルトさんの声が思い出せなくなる前に帰ってきてください」
久しぶりの帰邸によろめくほどに強く飛びつかれたヒューベルトの胸に顔を深く埋めたベルナデッタが涙声で呟いた。
絞り出したように掠れた声が痛々しく、ヒューベルトにざくりと深く突き刺さった。良き夫でありたいと思う気持ちと、主君の良き影でありたいという気持ちは、うまく同居できていない。
「申し訳ありません」
ヒューベルトは端的に謝った。弁明するどころか、それしか思いつかなかった。ベルナデッタは黙したままヒューベルトにしがみついていて、一向に離れる気配がない。
「あたし、寂しかったです。ヒューベルトさんの声を忘れそうでした」
ヒューベルトは迷った挙句に、ベルナデッタの丸い頭をゆっくりと撫で下ろした。それが妻をなだめる効果的な手段だとは思ってはいなかったが、それぐらいしかしてやれなかった。
「それでどのぐらいまでであれば許容範囲ですか?」
ヒューベルトの問いに、ベルナデッタは顔を上げた。真っ赤な腫らした眼に涙が溢れている。少しばかり鼻を啜り上げてから、ベルナデッタはむくれっ面でぼそぼそと答えた。
「そんなのわかんないです」
ですよな、とヒューベルトは心の内で己の愚問を叩き潰した。
「もう少し帰る頻度を増やします」
そういうと、ベルナデッタは小指をたてて差し出した。
「約束してください」
「はい」
ヒューベルトは苦笑いを浮かべると、ベルナデッタの小指と己の小指を組み合わせるのだった。