晴天のルクスリアにて

「探したぞ」
メレフはそう告げてから、石畳の上に四肢を投げ出してあおむけに寝ているジークに声をかけた。出発予定時刻を過ぎても、姿が見当たらないといって、皆で手分けして彼を探していたのだった。
半眼でメレフを見上げたジークは、彼女の更にその上から降り注いだ光が眩しかったのか、目を瞑った。
「なんや、もうそないな時間か」
 つまらなさそうに呟いたジークに「そうだ」と、メレフは笑って、その隣に腰を下ろした。
 何度かルクスリアを訪れているが、晴天のゲンブははじめて遭遇するかもしれない。メレフの故郷のスペルビアも砂嵐で視界が遮られるような日が殆どで、曇天から微かに日が降り注ぐ日が多い。熱砂舞うスペルビアに、凍えるような吹雪が吹き荒れるルクスリア。天候は真逆であったとしても、晴天が訪れる日が少ないという点では共通している。いずれもエーテルエネルギーを活用した技術を活用して国を維持しており、晴天が少なく厳しい気候になったのは、巨神獣を痛めつけた結果なのだろうとメレフは思っている。
「邪魔か? ならば先に戻って、今日の予定を変更してやっても構わないのだぞ」
メレフはジークに目もくれず、ルクスリアの下層部を見下ろした。
「別に構わへん。こないな日は珍しいからなぁ—— つい長居してもうたわ」
 しっかりとした筋肉に覆われた太腕を枕代わりしながら、ジークはうわごとのように呟いた。何か考え込んでいる様子を見せているが、メレフは、人の心の内に土足で入るつもりはない。あけっぴろげで全員に対して扉が開かれているように見せていて、その実、他人を寄せ付けないように見えない壁を作っている面倒な男だと思いながら、メレフは片膝に手を置いて僅かに息を吐いた。
「こないな天気、珍しいやろ? ゲンブの中はいつも凍えるように寒い」
「ああ、そうだな。はじめてだよ、ルクスリアが晴天というのは」
 下層部の凍り付いた湖が、差し込まれた光でキラキラと宝石のように輝いている。小さな点のように見えるのは、エルークの群れだろうか。彼らの身体を彩る黄金がちらちらと照り返され、その存在を示している。
「そもそもゲンブの中は寒かったんやろうと思ってるんやけどな、ここまで冷え込ませたんわ、きっとワイらのせいや。王家としての体裁を守るために、ワイらは自分たちでここを人が住めへん巨神獣にするところやった。いや、もうあかんのか……」
 偽りの王家。その話がジークの父親から告白されたとき、彼の怒りが頂点に達したのは見て取れた。ところが、その後は色々と立て続いたせいなのか、彼自身がそれを見せないようにしていたのか、その件について引きずっている様子は見せていなかった。ルクスリアの真実については、皆が驚きをもって受け止めたが、当事者であるジークの衝撃は推して知るべしだと、メレフは思っていた。彼はアデルにあこがれていたのだから、彼の末裔であることを幼少時から誇りに思っていたに違いない。慌ただしく立て続いたことがひと段落し、ホムラが戻ってきて、そのことについて考える余裕ができたということなのだろうか。ひとりでに漏れはじめた彼の本音に対し、メレフは黙して応じた。
「取り返しがつかへんのやろうなぁ。あほらしいわ、自分たちが王家であることをアデルの末裔だと偽らないとあかんかったっちゅー事実が」
 ジークの声は苛立ちを帯びている。
これはジークの独り言であると受け止めるべきだろうと、メレフは思った。僅かに彼に視線を向けると、彼は顔をゆがませて顔に掌を当てていた。彼の苦悩は慰めの言葉などで軽率に扱うべきものではないと、メレフは視線を彼から背けた。石畳に置いた掌が僅かに熱を帯びてきた。エーテルの力で温められたもので、高度なエーテル活用技術だ。人がこの地で生きていくために、この地の身を削っている。皮肉なものだと、メレフは思った。
「お前のせいではないだろう。らしくないな、これからどうするかを考えるのが、ジーク…… お前という男ではないのか?」
 メレフはジークの悲しみに寄り添う気はさらさらなかった。この国の惨状を憂いて、ジークは国を出奔したはずだ。暴かれた真実が原因で、それを投げ出す程度の気持ちで国を捨てたのかと、むしろ問い返したいのだ。
「手厳しいな。特別執権官サマは。ワイかて落ち込むときはある。お前にはないんか?」
「さぁな、あるかもしれないが、他人にその様子を晒したいという気持ちはあまりないかもしれない」
 ジークは上半身を起こすと石畳の上に胡坐をかいて、膝の上に肘をついた。面白くなさそうな表情を浮かべて、メレフを見ている。
「他人ちゃうやろ」
 そう投げかけられて、メレフは僅かに心の揺らぎを感じた。弟と、カグツチ以外、他の誰も信用ならない世界に生きてきてメレフにとっては、例え仲間であってもありのまま全てを晒すということについては難題だ。頭では分かっているが、人は急に変われない。
「そうだったな」
「おもろないな。そないに頑なでどないすんねん」
「私にはカグツチがいる。どうするもこうするもない」
 やけにジークの絡みがしつこいと苛立ちを覚えながら、話を打ち切るようにそう言い放つと、腰に差したカグツチとのつながりに触れた。この男がどうしてここまでこの話に拘るのか、メレフには分かっている。これ以上、踏み込んでほしくないという気持ちが逃げとなって表れて、助けを求めて、カグツチの姿が頭に過った。自分で決めるべきことが定まらない。特別執権官という役割を演じている方がずっと楽だと、最近、メレフは知った。
「ワイではあかんか?」
 少しでもこの男に気を許したのか誤りだったと後悔しても既に遅い。本気にさせてしまった相手を上手に交わすすべを、メレフは持たない。できることと言えば、辛辣なことを言って突き放すことぐらいだ。女であることを喜ぶべきところだろうが—— 今はまだ喜べそうにない。大きな戸惑いと困惑を抱えたままだ。
「ダメだ」
 がくり、とジークが項垂れた。このやりとりを何度繰り返しているか分からない。落ち込む彼を見て、メレフはふっと口元を緩めた。真剣に申し込まれているのか、冗談なのか、彼の態度ではどちらともとれそうではある。損な性格だと憐れんでやりながら、これ以上付き合わないとメレフは腰を上げた。
「いくぞ…… そろそろ時間だ」
未だに座り込んだままのジークを一視して、メレフは踵を返した。彼が背中に何かを投げかけてきたが、それは聞かぬふりだ。